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ミステリ創作(?)教室のクレージーでブルージーな日々の記録
by eimu00
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クラスリポート05.07.09

講義記録
7月9日(土)15時より
本日のレポートは、不肖私、ふじ女がつかまつります。

 本日何故か講師は少々遅くなられたのでございます。
 来期の打ち合わせかしらん、などと同好の友と想像をたくましゅういたしておりましたところ、講師が登場されたのでございます。いつもより表情が暗いように感じるのは、私の気のせいでございましょうか。
 新進気鋭の生徒の方々より作品が幾つか提出されているので、もっと機嫌が良くても良いはずなのでございます。
 さて、本日のお題は、提出済みの3作品についての合評、及び講師の講評でございます。

 まずは、今期より本教室へ参加いただいておりますA女の作品、 「嘘」からでございます。
 「お金にだらしがない男の金づるのつかみ方、とその末路」を作品にされたのでございます。

生徒評といたしましては、
 「読みやすい、場面展開が上手い、よく書けている」という大方の評価でございました。
 しかしながら、「ラストに工夫の余地がある」とする意見も多数上がっておりました。
 はしたない事ながら、ふじ女もこのような手合いの殿方には最後にぎゃふんといわせていただきたく思ったものでございます。
 作者曰く、「ラストは違う展開を考えていたが、書いているうちに主人公が可愛そうになってこのようになった」
 とのことですので、A女のお人柄がうかがえることでございます。

講師からは、「話としては良くできていてすらすらと読める。
 10~11ページの夫による妻の早死に計画が異色である。
 7ページの画面の切替方が上手い。
 背景が希薄→いつの時代とも読める。
 人物が薄っぺらになることにつながる。
 人間としての厚みをどこまで持たせるか
 登場人物は、自分の役割をこなしているだけのように見える。
 作品のまとまりは評価できる」
といった、講評がなされました。
 生徒の云い足りないことを補って余りある講義、さすがプロの批評家でございますわ。

クラスリポート05.07.09_b0042328_924631.jpg参考図書といたしまして、講師が上げられたのは
谷崎潤一郎「鍵」
 エロ小説か、高度なミステリーと読むか、読み手によって分かれるところでしょうとのお話がございまして、私赤面の至りでございましたわ。
 4人の登場人物すべてが悪人、とのことでございます。登場人物4人だけで、これだけの奥行きが出せるのが凄いところ、とか。
 高名な作品なので、当然読まれていると思いますが、という講師の言葉に、無言で答える生徒たち…。ふじ女も
 そのような不道徳な作品は触れてはおりませんでしたが、
ほかならぬ講師のお言葉ですのでこの機会に読ませていただくのも社会勉強となりしか、と思しましてございます。


次にB女の作品、 「小春日和」でございます。
 この方も今期から参加いただいている方でございますが、次々と作品を発表されておりまして
その溢れ出るアイデアは、大変羨ましいことと敬服している次第でございます。
「女友達の確執とPTAの世界」を作品にされております。

生徒評としましては、
 「虐めをもっと陰湿に、徹底させないとドラマは生まれないのではないか。
 ラストあっけなく仲直りをしてしまうのが納得できない。」
などの意見が多数ございました。

講師より、
 「ミステリーにしなくても良い話。
 強いて言えば、8ページからミステリーになっているが、別の話になっている。
 作者は、女性の確執を書きたいのでは。」
とのお話がありましたところ、
作者B女曰く、「実体験を、自分への癒しの為に書いた。実際、PTAの表と裏の世界はすざましい。
 皆で仲良くお茶をして笑っているように見えて、実はターゲットを決め徹底的にいじめる。酷くなると、親子ともども学校を追われることになる」
のだそうでございます。
 数年前の、同じ園児の母親による幼稚園児殺害事件は、ヒトゴトではない、との話も他の生徒よりあげられまして、教育に熱心なご家庭でのご苦労が偲ばれるとともに、空恐ろしく感じられたのでございます。
クラスリポート05.07.09_b0042328_9243882.jpg参考図書といたしましては、
新津きよみ「スパイラルエイジ」
不勉強な私は、こちらも未読、なのでございますが
なんでも女性どうしのえげつな~いお話なのだとか…。
僭越なのでございますが、女のはなしは講師には不向き、なのではないかと推測しておりましたので(なんといっても固ゆで卵大好きな殿方、でいらっしゃいますものね。)
批評家としての広い視野に感服した次第でございました。


さて、とりに控えまするはC女の作品「本日は晴天なり」でございます。
 「わがまま娘が継母を追い出そうとするが、意外なことに2人で人々の悩みを受ける霊感師として活躍する」
お話でございます。

生徒評としましては、
 「面白く読ませてもらった。
 洋服の描写などがバブルの頃のようだ。
 現代の話にするなら、小道具を現代に合わせたほうが良い。
 お水の人たちが安っぽく感じた。セレブ感を出したほうが良い。
 漫画的で面白い。個性的な登場人物の中で、父親の印象が薄い。
 エピソードを絞ったほうが良い。」
などなど、多数の意見が出てございます。
 僭越ながら私、前2作品と違いそれぞれが違う意見や感想を持たれた、ということはそれだけ作品としての完成度が高かったのではないかと思いましてございます。

講師より、
 「作者の勝負玉では、とのお言葉。
 長編の素材になるのに、中篇で終わっている。
 前半と後半のトーンが違う。
 前半のプロセスは良くできている。
 霊感師として、2人で一人、という組み合わせも面白い。
 後半をどのように持っていくか。
 エピソードが並んでいるだけ、という印象が強い。
 各々関連していないエピソードを、一貫させれば長編になる。
 現実的でないタッチも良いと思う。
 メインの話と、枝の話のエピソードの整理が必要です。」
などのお話がございました。
 やはり、講師の講評も力が入っていたのではないでしょうか
クラスリポート05.07.09_b0042328_925842.jpg参考図書にあげられたのは、
宮部みゆき「ステップファーザーステップ」



 最後に、講師よりC女の文章を例にコギャル言葉で書き直した印刷紙が配られまして
ございます。
 これは、文章を方言や、コギャル言葉などへ変換できるソフトでこのようなことがで
きますよ、とのご紹介でございました。
 このところ、講師はこのような玩具に心を奪われていらっしゃる様子なのでございま
す。
# by eimu00 | 2005-07-13 09:18 | 05年度

拾遺

 いろいろ忘れてました。

 まずKa氏、Ku氏へ。
 作品データを送ってください。メール添付で結構です。
 ただテキストを分けてアップする形になります。
 Ka氏は章ごとに1から6まで、Ku氏は前後篇になります。
 不都合の場合は、そのように連絡してください。

 それから、これも言い忘れ。「晴天なり」の、W大学に経済学部は存在しません。
 その箇所、訂正を入れてください。 

拾遺_b0042328_849470.gif拾遺_b0042328_8492838.gif拾遺_b0042328_8495877.gif
# by eimu00 | 2005-07-11 08:51 | 講師ひとり言その他

クラスリポート05.06.11

クラスレポート 2005.6.11
レポーター・果桜史彼

 今月は、先月に引き続き4月の課題作品の合評・講評が行われた(4月の課題とは、この創作クラス、授業からインスピレーションを受け、各自創作をするというもの)。
 対象は、以下の三作品である。

『合鍵』 加藤 雅子
 創作クラスを舞台にした、男女関係の縺れから起こる密室殺人。提出〆切までの時間と枚数、テーマが限定されているということが原因なのか、作者が普段読ませてくれるのびのびとした人物造形からは遠く、また時間の流れと登場人物の心理がうまく呼応していないため、話のポイントがつかみにくいものとなっていた。
 殺人場面の描写には見るべきものがあるが、密室殺人の扱いやトリックが杜撰であるという意見が多く、講評もそのような内容となった。

(タイトルなし?) 島田
 主婦の日常生活を写し取りながら、隣のビルからクラスを狙う狙撃手という妄想のようなところへ流れていく、エッセイ風の作品。作者自身そのままであろう主人公を、どこか他人事のように眺めている軽い語り口が好評だった。
 講師からは、これはクラスリポートと創作の中間のところにあるような提出作品だ、というコメントがされ、それ以上の講評は行われなかった。
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『泣けない女』 木枯 狐子
 30才の「泣けない女」さち子が、ミステリ創作講座で知り合った65才の男から、風変わりな求婚の申し出を受ける。渋谷の裏道にある寂れたバー〈舫〉には、彼の秘密をひもとく何かがあるのか……。
(ちなみにレポーターは、この作品からジャック・フィニィ「愛の手紙」やロバート・ネイサン「ジェニーの肖像」などのタイトルを連想したが、きっと再読したら“全然違うじゃん!”と思う気がする……。イイカゲンなことを言ってゴメンナサイ)

 余韻を残すエンディングの解釈をめぐっては、「これは結局、どういうことなの?」という疑問を持った向きもあるようだ。また、クラスの女性陣からは、「主人公の男性に魅力が感じられない」「女性の視点で書いているのにその中身は男性視点で、ヒロインが“都合の良い女”になっている」などの手厳しい指摘が相次ぎ、作者は頭を抱えていた。
 (これに関して、レポーターの個人的な意見としては、男性が男のロマン(なり妄想なり)を書いてくれなかったら、オンナとしては困っちゃうなー、と思っています。まあ、これもあくまで下世話な観点ですが)

 講評では、作者が自分と近い(男性の)視点ではなく、あえて、若い女性の視点から書くという、“語りの冒険”をチャレンジした点が評価された。技術的には、ところどころ綻びは見られるものの概ねクリアされているということである。
 前段で触れた女性からの厳しい指摘について、講師からは「逆(女性が男性の視点で)をやったらもっと決定的な綻びが出るのではないか」というコメントがあった。受講生に向け、“創作”に対し更に自覚的であるよう促したものとリポーターは受け取っている。

 それはさておき、作者はこれについて「どうしてこんなものを書いてしまったのだろう」などと言っていたが、講師からは、今後、この世界のさらに向こうにある気持の悪いものをどうやって引きずり出すかが課題である、という鞭が入った。それを書けばもっともっと恥ずかしいと感じることになるかもしれないが、という、ある種の覚悟を求めるような言葉だった。
 タイトルが今一つ決まっていない(ということは、作品世界をうまく表現するものになっていない)のも、先にタイトルを決めて書き始めたものの、話がそこだけではおさまりきらないところが自然に出てきていて、作者自身がそれを掌握しきれていないのではないか、という分析がなされていた。
(ワタシは、作者は何を書いてもオカシな世界に行ってしまう方だと、以前から思っています。だって、牛をマンションのエレベーターに乗せようとしたら入りきらないから首を(牛のですよ)こう、くっと後ろ向きにして乗せた、とかそういうおかしな描写を何気なくフツーに書いてしまう方ですから。ああもちろん、これはホメコトバです。何を書いてもオカシくならない/なれないというのじゃつまらないでしょう?)
作品はここ

次回は課題作品を離れ、自由提出の三作品が合評・講評の対象となる。

クラスリポート05.06.11_b0042328_9252638.gifクラスリポート05.06.11_b0042328_9254649.gifクラスリポート05.06.11_b0042328_926393.gif
# by eimu00 | 2005-06-19 09:28 | 05年度

泣けない女

          泣けない女                木枯 狐 

     1
 「時間があまりないんですが、どんなご用ですか」
 大通りから急な階段を降りた喫茶店の椅子に座ると、早川さち子は正面の森という男にいった。男は同じ講座の受講生では飛びぬけた高齢で、どのような意味でもさち子には興味の薄い存在だった。痩せて、背が高く、口の辺りに特に齢がでていた。
 その日は上期講座の初回でエレベーターを降りたところでいきなり声をかけられたのだった。
 「実は今書こうとしているものの中に泣けない女性が登場するんですが、どうもうまく書けなくて、いろいろお話を聞かせてもらえばありがたいなと思ったんです」
 それがその男、森一道の答だった。
 自己紹介でさち子は「泣けない女だからその分の涙をミステリにこめます。30歳です」と挨拶した。その時の気分もまだ記憶として残っていた。「泣かない女」といおうとして途中で危うくいい直したのだった。泣かないというと、泣かない決心をしているように響くが、どちらかというと泣きたくても泣けないのが自分のこころの状態だと思ったからだ。
 その日のそれからのことはあまり憶えていない。とにかく喫茶店を出、暮色の迫った道玄坂を、なだれてくる人波を掻き分けながら森とともに上って行ったのだった。それから右折し、突き当たりで行きどまりの大きな大衆割烹に入るかと思うと、そこには手前に錆びた鉄製の外階段があり、床をガタンガタン鳴らしながら三階まで上ってバーに入った。
 渋谷の繁華街にこんな寂れた暗くて薄汚い空間があるとはすぐには信じられない。客も来ないと見えて店はそこだけしか開いていない。他はもう5軒ほどのドアがあるが店の名は書いてあるらしいのに判読できなかった。
 その店、〈舫〉(もやい)には歳を重ねた愛想のいいママと、胡(ふー)さんがいた。胡さんは変なアクセントの日本語を流暢に操った。その店では森は、「森チャン」と呼ばれていた。一方で森は脚の長い美人の女性を「胡さん」と呼んだ。
 胡さんにおっぱいをさりげなくぶつけられて、森は鼻の下がネズミ男になっていた。
 その夜、森は一曲だけカラオケを歌った。曲名は「月がとっても青いから」。森はそれが好きなようでうっとりと裏声のようなものまで使って歌った。
 さち子は途中でトイレに立った。奥の方左にステンドグラスの入ったドアがある。そこだと思ってドアをがたがたさせているとママがあわてて飛んできて、戸をおさえ、そこはだめ、といった。ステンドグラスから覗くと埃の向こうに古びたビルの裏階段にあるような鉄製の錆びた階段が下のほうに降りていたが底は暗くて見えなかった。井戸のようだとさち子は思った。

          2
 〈舫〉行きが重なった。そのうちに皺っぽい森の顔の皮の奥に次第に人間らしい表情が見えるようになった。あまり退屈もせずにすむようになった。
 森は渋谷の町、特に昔の渋谷の町に詳しかった。さち子が生まれる遥か前の、学生の頃の話が多かった。森は道玄坂の角の今書店のある辺りを、アルバイトで河童のぬいぐるみに入り、マンボセレサローサの曲に乗って踊り歩いたと話した。渋谷商店街の宣伝のためで、一隊の頭はフグリの大きな劇団員で、メス河童も同じ劇団の女性だったとも話した。生地が薄いので身体の線がよく出るのだと。それからそのあたりにくじら屋があったことも。森の田舎の家は貧しく、出てきたばかりのころ、くじらのソテーを食べながらそのあまりの美味しさと、田舎の貧しい食卓を思い出し涙が止まらなかったとも。道玄坂ではない渋谷のどこかの通りでジグザグデモをしたことも。知らない間に三派系だった。それから、それから…………。
 もちろん泣けないわけについても聞かれるままに話した。あることを除いて。
 二人姉妹の姉は泣き虫で父から欲しいものをなんでも手に入れたこと、わたしは泣けなくて我慢したこと、そのうちに人にあまりものを頼まなくなったこと。そして、日常生活では泣けない女は損だなと思うこともあること。
 話さなかったそれは、夫の死にも涙が出なかった体験だった。口争いの場で、夫は「賢しらなことをいうな。ほんとうに可愛くない奴」と冷たく言い捨てたのだった。泣き時だと思ったが同じベッドに寝ていて、泣くことができなかった。葬儀の時も、その後一人になったときも、そのことが思い出されて涙が止まった。
 森は熱心にさち子の話に耳を傾けた。ただものを書く参考のためだけにここまで細かく聞くのか、すこし変に思うことはあった。
 そしてある日、旧パルコ系のレストランでフルコースのフランス料理を食べることになった。
 かすかに予想していたように森は求婚してきた。
 そのころにはほかのもっと立ち入ったプライベートなこと、自分が帰国子女で、若くて夫に死なれた×イチであること、広告の会社でコピーを書いていたが結婚と同時に退社、しかし死なれてから、本社復職を狙ったけどだめで、かわりになんとか子会社に拾ってもらい、今度はクリエイティブでなく総務課を希望したこと、それはミステリに専念するためだったことなども話していた。
 さち子もある程度の答は用意していた。もちろん断わるつもりだった。
 そのさち子が「わたしとなぜ結婚したいんですか」聞いたのは生まれつきの好奇心のためだった。
 「それはいえない。それをいうと君が結婚してくれなくなるから」
 森も、無神経と紙一重のさち子のもの言いに沿ったわかりやすい答をした。
 「要するにわたしの身体が欲しいんですか」
 少し悲しいが、泣けない女にふさわしい率直な言い方かと思った。
 「ちがう」65歳の男がむきになった。「まず結婚が主眼じゃないんだ。でもそういわないとまじめじゃないとして逃げられそうだからいってる。セックスレスでもいい。ともかくいっしょに手をつないで寝て欲しいんだ。いっしょに寝ないとわからない」
 下手な口説き方だと思った。なにかこみいってるが、要するに寝たいということではないのか。その気はないのだから無視すればいいのに、話しているうちに怒りが湧いてきた。
 自分のドレスアップした下半身が見えた。足はこのころ履きつけないハイヒールまではいている。それもなぜか怒りを増幅させた。といっても冷静さを失っているわけでもない。ワイングラスにうつる自分の顔は若い娘らしく罪がなかった。
 「でも、森さん、そんなの勝手だと思いません?」さち子はいった。「男と女がいっしょになったらふつう子どもができます。子どもを育てるにはうんと、お金と労力がかかります。森さんは年金暮らしでしょう。年金では子どもを育てられません。体力はいかがですか。子どものエネルギーは凄いって聞きます。あなたは抱っこしたりおんぶしたり、子どもにつきあうことができるんですか。わたしにはひとりで仕事をしながら子どもの面倒をみたり、最後にはあなたの介護をしたりしている自分しか想像できません」
 森はすぐに抗弁したが、それははかばかしいものではなかった。さち子は森の関心はそれとまったく別のところにあることを直感した。
 「この話はお断りします。不自然です」さち子はいった。
 森のため息が聞こえた。
 「再考の余地はないんだよな」
 さち子は黙っていた。
 「今日の話はなかったことにできないか」
 森が哀れになった。
 「忘れた振りならできます。それが望みなら」 

            3
 約束は約束だった。
 森に誘われ、さちこは忘れた振りをして〈舫〉に行った。
 しかし忘れた振りはむりだった。その日のことは大きな石のように二人の間に立ちはだかり、無理に作った笑いもその石に反響して空々しく響いた。それだけでなく教室でも目を合わせられなくなった。
 遠慮しながらではあるが、なにかを探すようにじっと目の奥を覗き込む森の癖が我慢できなくなっていた。
 このあたりでけりをつけねばと思った。
 けりをつけるにはどうしても解かなくてはならない疑問があった。それはなぜ森が自分にこうまで関心を持つかということだった。自分の、森にとっての大事な属性は30歳で、泣けない女ということだ。
 身体でもないし、金でもない。これはどういうことなのだろう。
 調べようと思った。調べるといっても大したことはない。さち子は、付き合いの古い胡さんに聞こうと思ったに過ぎない。
 二人が会ったのはどちらも仕事にさしつかえのない、土曜の夕方で場所は横浜の市営地下鉄のあざみ野よりにあるセンター北駅だった。駅前のモールの屋上にはすでに点灯した大観覧車が透き通ったあかるい緑色の光芒を放ちながらゆっくりと回転していた。
 さち子がこの場所を選んだのには、交通の便だけではないそれなりのわけがある。
 森に聞いたところによると、胡さんは新宿のおんぼろアパートに住んでいる。一人か、誰かといっしょかはわからない。ともかくそこはごみごみしている。そのせいか、森が新しく住むようになったマンションの13階からの眺めのよさ、池や小さな林や緑道が織り成す風景について話すと、胡さんはなみなみならぬ関心を示し、ぜひ一度お邪魔したいといったという。しかしその時は引っ越したばかりなのでいずれそのうちに、ということで話が終わったらしい。
 それなら大観覧車で十分代わりができるとさち子は思った。
 観覧車は5階から出発する。
 乗る前に係りのアルバイトに胡さんは、ネットから印刷したらしい地図を見せすんなりと伸びた人差し指を使いながらなにかを確認していた。
 動き出すと「観覧車、いいんじゃなーーい」とギター侍の口調でさち子に話しかけてきた。
 さち子は静かな頬笑みを返した。
 しかし胡さんののりは中途半端で、それほど楽しんでいるようではなかった。それでも地図と風景をかわるがわる眺めたり、小さく呟いたりはした。そうして一回り12分はどうということもなく過ぎた。
 モールはごった返していたが終夜営業の喫茶、ラ・ボエームの中は、それなりに落ち着いた雰囲気だった。
 案内された場所からもすぐそこに観覧車の光芒が見えた。
 本題に入る前に湧いてきた疑問があった。
 結果としてその疑問はさち子を本当に知りたいことに連れて行ってくれた。
 「胡さんは森さんのことを気にしているように見える。教えて、どういうことか」
 店でのようには笑わない胡さんにさち子はいった。
 胡さんはしばらく考え、座りなおすと、さち子さんはまっすぐな人だから、本当をいうねとさわやかに前置きして、説明を始めた。その説明は期待したようにさわやかには走らず、散漫で核心をよけてだらだらとつづいた。
 疚しいということばが耳についた。自分を責める気配がそのことばにはあった。
 人には他人にも自分にも説明しきれない縺れた糸だまのような思いがある。
 さち子は黙って耳を傾けていた。そのうちにすこしずつ、そして最後に糸だまのすべてがほどけた。
 「要するに胡さんはなんとか森さんのマンションに行き、関係を作って奥さんになり、国籍もとり、なるべく早目に死んでもらって住む場所を引き継ぎたかったのね」
 現在形でなく過去形にしたのはその場の判断だった。
 胡さんは頷くかわりに、「誤解はだめね。殺すわけじゃないよ。ただ望みの影を見ていただけだから。……望みの影、わかる?」
 胡さんは時々舌足らずになることがある。
 「わかる」さち子はいった。「夢を見ていたということね」
 胡さんは頷く。
 「でもどうしてうまく行かなかったんでしょう。胡さんは美人だし、魅力があるし、まだ若いし、森さんには過ぎた人なのに」
 「それはね。確かめたことはないから、想像だけど、わたしはまったく条件外だったからだと今になって思う」
 「なぜそう思うの」
 「あの人が女性を〈舫〉に連れてきたのはあなたで5人目ぐらいじゃないかしら。みんなどこかのミステリ関係の講座の生徒で、若い女性ばかりだった。特にひとりひとり確かめたわけじゃないけど、みんなあなたより年下。それからざっと見渡して、みんな気が強くてはっきりものをいう人たちばかりだったような気がする。わたしはあなたが自分のことを、泣けない女で、30歳と、ずばりいうのを聞いて、前の女性たちを思い出したのね。そうすると泣く、泣かないは別として、──そんなことは立ち会わない限りわからないものね、──今いったような共通点があったことに逆に気がついたの。ところがわたしは38だし、気は強いけど泣き虫だから……」
 「森さんはその人たちみんなに結婚を申し込んだのかな」
 「いや、結婚まで申し込んだのはあなただけだと思う。わたしの勘だけど」
 派手な音がした。ガラスが割れる音だった。誰かが飲み物のグラスを落としたようだ。壁際の若い二人連れの男の方が足を広げて踏ん張りテーブルの下を覗いている。
 ふと気がつくと胡さんが低く鼻歌を歌っていた。その歌に聞き憶えがある。よく知らないが自分を励ます歌のようだった。

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 森が求めている女をプロファイリングすると、涙を見せないという特徴が最初に顕われる。もうひとつは年齢だ。5年前の女が25だったことはわかっている。今年は30。これからすると来年の年齢制限は1歳延びて31になる。
 わかっているのはそれだけだ。胡さんもそれ以上のことは知らない。
 さち子が森に求められているのは、単にその条件を充たしているからに過ぎない。愛情などは関係ない。森には家庭を作ってからのことも頭にない。
 簡単に泥を吐くとは思えないが、詰問する権利はある。森はとにかく一度はさち子の運命に深く関与しようとしたのだ。          
 レクチャーが終わった後、出口で話しかけ、初めてお茶を飲んだ地下の喫茶にいっしょに行った。〈舫〉では気楽にしている森もここではなにか落ち着かない様子だった。
 「森さんはいったい誰を探してるんですか。もういいでしょう。本当のことを教えてください」さち子は思い切っていった。
 「わかった。いうよ」少し笑って森は答えた。「隠す意味も薄れたし」
 あまりの無抵抗にびっくりしてあらためて森を見た。
 森の右の耳たぶの何もない肉の地に縮れた短い毛が一本、おどけたように生えている。森は少し疲れているように見えた。
 「わたしは妻のかなこを探している。おかしいだろ。死んだ女を探しているんだから。笑うなら笑え」
 不思議なことをいう。冗談かと思ったがそうではなさそうだった。
 森はつづけた。「かなこは死ぬ時、もう一度生まれてくるので探してくれといったんだ。忘れているといけないから諦めないで探すように。だからこうやって探している」
 あの目がさち子を見ていた。目の奥の、さち子と別のなにかを探しているようなあの目。
 さち子はその目に耐えられない。目を外し、今度は少し斜めから森を見た。
 「間違えないでください」さち子はさわぐこころをなだめながらいった。「わたしはかなこさんじゃないです。わたしには実の父と母がいます」
 探るような目の光が奥へ沈んで弱くなった。さち子も余裕を取り戻した。
 森の口がなにかいいたそうに開きかけたが言葉は出てこなかった。
 今度はさち子が森の目を探りながらいくつか質問をし、この一風変わった森の捜索の背景を知ることになった。
 森とかなこは家庭教師と生徒として20と15の時に知り合い、28と23のときに結婚し、35と30の時に死に別れた。子どもはいない。双方の生活圏の中心に渋谷があり、かなこはミステリのサークルに属しており、読書会には誘われて森も参加することがあった。
 森が渋谷と、少し足を延ばして新宿のミステリ講座に参加したのにはかなこはそのあたりに出現するだろうという森の読みがあった。
 喫茶を出、〈舫〉を目指して道玄坂を上る頃、さち子は覗きこむ森の目が気にならなくなっていた。
 それだけでなく、日を経るごとに好意も育っていった。死んだ夫に見るように、涙を見せない女を男は概して好まないものだ。しかし森はその類いの女にこれほどの愛着を示している。

          5 
 「隠す意味が薄れた。──そういったでしょう。あれはどういう意味?」さち子はある晩、〈舫〉のカウンターで横にいる森に尋ねた。それは準備した問いで、その答が納得できれば、結婚はしないが同棲ならしてもいいと思った。
 「意味ははっきりしている。君の厳しい言葉で気がついたが、65と30の組み合わせに未来はない。やっとわたしも捜索を諦める気になった。ということはたとえかなこかもしれない女が見つかっても、自分がかなこと悟らせるために騙して結婚する必要もないことになる。隠していたことをわたしが君にしゃべり、君がそれを言い触らしたとしても何も困ることはないということだ」
 同棲生活が始まった。
 森の書斎で目立つのは、脳科学関係の本の多さだった。それに混じって「『私』の死の謎」のように「わたし」とは何かを問題にしているもの、また「前世を記憶する20人の子ども」のように科学の装いを持ちながら多少いかがわしい感じの転生をテーマにしたもの、多重人格を扱った翻訳物の学術書などがあった。
 古いミステリの本は小さなマンションの書庫のほとんどを占めていた。時にそれはトイレにも顔を出していた。
 最初気がかりだった生活費も問題はなかった。それだけでなく、もしもの時のためにとさち子の名義で預金通帳まで作ってくれた。それには五百万という数字が記帳された。
 いっしょに住むと、森が見た目と違って献身的な男だということがわかった。仕事の忙しいさち子のためにこまごました家事はほとんどすべて森がこなした。もう必要がないのか、森は教室にも顔を出さなくなった。
 朝の行事の一つに髪を梳くことがあった。そのためにさち子は少し長めに髪を伸ばし、床に座った。その後ろで森は低い椅子に座り、膝でさち子の身体をはさむようにしてブラシをかけた。高い椿油を買ってきて惜しまずに使った。髪をまとめるのに使うのは閉じた感嘆符の形をした古びた茶色の整髪用具で、それを扱う森の手はまるでプロのようだった。
 髪梳きはまとめた髪をバレッタで留めることで終わった。出勤前はそんなことはなかったが、土曜や日曜は森の膝や手に身体を預け、うとうとすることもあった。慰められた血が隅々までからだをまわり、それまであまり経験したことのない深い安心を味わった。
 ベッドは、父が買ってくれた山手のワンルームマンションに置いたままにした。布団は要求の少ない森のたっての希望だった。
 夜は布団を隣り合わせて敷いて寝た。さち子を求め、手が延びてくることもあった。
 それが煩わしく、背を向けることも当然ある。森はもちろんさち子の勝手にさせ、こだわることはなかった。
 いっしょにいる生活がふつうのことになった。森がでかけて不在の時など、好きなダージリンのうす甘い飴色を味わっていると、自分がかなこであっても別段おかしくないような気分になることさえあった。
 やがて一年が過ぎた。

          6
 グルジアのワイン、フバンチカラは薄赤く、甘い酸味を残して舌の奥に消えていく。もっともっと飲みたい。二人で合わせたグラスの鳴りが悪かったのも気にならなかった。
 ロシア料理の店、ロゴスキーは教室のあるプラザの最上階にある。窓際の席からは駅前の雑踏や、向かいの駅ビルの壁面にかかった巨大なポスターなどが見えた。
 その朝は少し起きるのが遅れ、髪を梳いてもらう時間がなくなった。さち子は自分で櫛をいれ、確かめていないがかなこが使っていたと思われる木彫りのバレッタをした。フクロウが羽根を拡げたようなデザインで中央に半透明な薄い紫色の石が象嵌されていた。さち子はそれが気に入っており、どれにする、と聞かれると大体はそれにした。
 あわただしく出て行く背中に、今晩久しぶりにどうかと声をかけられたのだった。
 料理が終わり、洋ナシのババロアが出てくる頃、ようやく森の態度がいつもと少し違うことに気がついた。
 なんだろう。
 さち子が目を合わすと、ポケットから箱を取り出してさち子の方に押しやった。目が開けるようにいっている。
 現われたのは夜光貝のバレッタだった。貝は肉厚で、動かさなくても白い虹色に煌めいた。
 森は黙って背後に回るとあっという間に差し換えた。
 フクロウが森の上着のポケットにあわてたようにすべり落ちた。
 「今日、この場で二人の関係を終わりにしたい。いつまでもこの状態が続くとは君も思ってなかったよね」
 席に戻ると森はいった。
 そのことはわかっていたが、言いだすのは自分の方からだとさち子は思い込んでいた。それにもっとずっと先のことだと。
 「わたしは今日から一週間、家にはもどらない。その間に支度をして出て行って欲しい。かなこのものはそのままにしておいてもらいたい」
 さち子は時に冷めた目で森を見ることがある。そのように今森をみた。どう見ても森は死へ向かって身寄りもなくとぼとぼと歩く一介の老人に過ぎなかった。
 ババロアを食べ、ロシアティーを飲むうちにさち子はほぼ立ち直っていた。
 しかしたっぷりあったティーのグラスの底にイチゴの種らしいものがたまっているのが見え始めた時、ある思いがさち子を貫いて、泣きたい気持ちになった。
 それはもう一度髪の毛をやって欲しいというこころからの願いだった。それから今朝遅く起きたことが痛切な後悔の念となって身体のうちを渦巻いた。
 さち子が恋うのは森ではなく、背中にあって、見えない自在な手と取り戻すことのできない過ぎた時間だった。
 しかしさち子は泣けない女だった。泣いても事態が打開されることはない。
 「わたしはかなこさんじゃなかったのね。どうしてわかったの」
 森はしばらく黙っていた。それからいった。
 「かなこは夜中に寝ていて悲鳴をあげることがあるんだ。起こすとなにか黒いものから追いかけられたという。黒いものの正体はなんど聞いてもわからない。わたしが手を握っていてやるとそのうちにすやすや寝息がもれる。半年もなにもない時もあるが、一ヶ月に何度も集中して起きることもある」
 「ところがわたしは、すやすや、ぐうぐうなのね。一年ずっと」
 森は黙っていた。
 勘定する森を置いて店をでた。それから階段を1階まで駆け下りた。幸いあの日と違い履いているのは平べったい通勤に使う靴だった。

          7
 数ヶ月経ったある夕べ、教室の帰りにさち子は〈舫〉を尋ねた。
 胡さんは一人でいた。早すぎてママは不在だった。
 「森さんは来る?」
 さち子は聞いた。
 胡さんは首を横にふった。
 「森さんはもう来ないよ」
 「どうしたの」
 「彼はさち子さんがかなこさんじゃないとわかって落ち込んでたよ。それでお酒をいっぱい飲んで、『月がとっても青いから』を歌い、歌い終わると裏の階段を降りて行った。あそこの階段を降りた人は二度とこの店には姿を見せないよ」 
 胡さんは鼻歌を歌いながら今晩だす酒の肴の支度を始めた。時々その鼻歌には歌詞が混じる。
 ──もう今日限り逢えぬとも/想い出は捨てずに/君と誓った並木路/二人っきりで/サかえろう。
 「胡さんは階段を降りたりしないよね」
 「しない。わたしはここで頑張る。がんばればママが将来この店を継がせてくれるといってる」
 さち子は来た時のように〈舫〉を出た。疣々の鉄板の階段を荒々しく音を立てて降りようとしたがあいにく靴底はゴムだった。
 (かなこさんは黒いものに追いかけられたかもしれないけど、私だっていつかは死ぬんだからね。まだ死神の足音は遠いけど)
 この空の下、どこかにいる誰かに向かってさち子は声を出さず叫んだ。そして泣こうかと思ったがやはり泣けなかった。
 森とかなこのことを想像していた。
 あの階段を降りるとそこには数十年前の渋谷がそっくりにあるはずだ。ただいったん降りてしまえばこちらには二度と戻って来れない。
 二人は夕暮れのその雑踏を歩いている。恋文横丁やくじら屋のある懐かしい町並みが行く手には見える。散歩の後は名曲喫茶「カーネギーホール」でコーヒーを飲むのかもしれない。名曲に聞き入るかなこの後ろ髪には薄い紫色の目をした木彫りのフクロウが棲っている……。(終)
# by eimu00 | 2005-06-14 09:03 | 創作演習

一ヶ月ぶりですか

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昨日の講義で、木枯氏作品への参考図書をあげるのを忘れていました。
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シオドア・スタージョン『ヴィーナス・プラスX』 国書刊行会


それから当サイトのボタン・アイコンが消失したとの抗議が殺到しておるが。
みなさんブラウザの「お気に入り」もしくは「ブックマーク」もしくは「フェイバリット」に登録してるもんだと思っていた。世の常識はクラスの非常識か。

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# by eimu00 | 2005-06-12 10:00 | 講師ひとり言その他